【ネタバレあり】オオカミの家/骨を見てきた

8月某日に話題のストップモーション・アニメーションの「オオカミの家(同時上映「骨」)」を見てきました。

ありがたいことに上映後にトークショーがあり、本記事にはその時の解説とパンフレット記載の内容を含みますので、未視聴の方には【ネタバレあり】と注意喚起いたします。

www.zaziefilms.com公式Twitterを見るに、次々と上映館が決まっている模様。

確実に人を選ぶ内容であり「強い抑圧/ハラスメントを受けて体調を崩した経験がある方」にはむしろ見ない方が良い内容です。

ただ、造形の面白さと題材の料理の仕方が絶妙にうまく、ハマる人、興味がある人にはぜひ足を運んでもらいたいのも事実...ただ、メンタルに不安がある方は絶対に専門家に相談してくださいね。

また「オオカミの家」と「骨」は両作品ともチリの政治・社会情勢を理解しているとより意味がわかりますし、考察も深まると思います。
ご興味ある方は公式サイトやパンフレットもぜひチェックしてみてください。

オオカミの家

そもそもは下記の予告編を見たことが始まり。

youtu.be異様、あまりにも異様。

だけど目が離せないし、気がつけば2回目の再生ボタンを押していました。

基本的にホラー映画は苦手なはずなんですが、アニメーションであること、友人に共有したら一緒に見にいくことを快諾してくれたことが後押しになり、劇場に足を運びました。

「とある宗教団体から発掘されたフィルム」という体で物語は始まります。
『我々に対して世の人はあらぬ嫌疑をかけられているが、このフィルムに写っている女性のことを知れば、決してそのようには思わないはずだ』と力強くナレーションがされます。

場面は森の中の一軒家へ。

団体で飼っていた豚を逃してしまい、罰を受けていた美しい女性マリアは、耐えられなくなって自由を求め、脱走して森の中の一軒家に逃げ込みます。
監視もない初めての自由。不安もあるけど、ありがたいことに食糧はあるし、2匹の豚という友達も見つかった。

そうだ、豚の蹄を魔法のボールで人間の手足に変えてしまえば、もっと賑やかになって楽しくなるはず。
名前は小さい方がペドロ、大きい方がアナにしよう。
ふたりとも、とってもいい「家族」になってくれるはずだわ...。

ああ、外にはオオカミがいるから、外には出ないようにしよう。家の中にいれば安全だもの。

.........。

うん。この主人公である「マリア」という女性、まぁ大丈夫じゃないわけです。

題材になったのはチリに実在したキリスト教系宗教コミュニティ「コロニア・ディグニダ(現:ビシャ・バビエラ)」。児童への性的虐待を問われ、ドイツから逃げ出してきたパウルシェーファーとその信者達が作り上げたもの。
表向きは厳しい掟を守って清貧を主とし、農作業をして静かな暮らしをしつつ、地域住民への医療サービスも提供する、というクリーンなイメージを持たれていたそうですが、内部ではシェーファーによる性的虐待や、ピノチェト独裁政権と結託して反対派の人々を拷問にかける、処刑する、死体遺棄などが行われていました。

当然、脱走者も出ていますが、コミュニティに連れ戻されてしまった人はもっと酷いことをされる、なんていうことがあったそうです。最悪だなこれ。

私は「オオカミの家」で初めてコロニア・ディグニダを知ったのですが、この団体がチリ社会に与えている影響は今でも続いており、受けた傷をどうしていくか、はまだまだ議論や対応が必要ではないかと思います。

そして「個人の意思より、団体の決まり事や総意が優先される環境」を背景にした支配・被支配の関係は世界中、いや家庭の中でも十分に起こっていることです。

凄惨な歴史的事実をベースにしつつ、グリム童話の要素を織り込み、アニメーションとして作ることで抽象度を上げ、多くの人が共感できる形に落とし込んでいるのがこの映画の秀逸な点ではないでしょうか。

ちなみにトークショーで伺ったことなのですが、この映画はチリをはじめとした南米数カ国の美術館で展示物として置きながら製作が進められたそうです。
美術館に置き、ワークショップも行ったそうですが、目的の一つとして「スタジオ代がかからないように」という意図もあったのだとか。このやり方はなかなか上手いなぁと思います。

思うに、マリアはやりたいことがあっても「それはダメ」と否定される日々を過ごしていたんじゃないでしょうか。人は自分の意見を保てなくなります。しかし人間としての意思はあるため、そのギャップに無自覚な状態でも苦しくなってしまう。

マリアが初めての一人暮らしができたことは素晴らしいことだったけれど、一人きりでの生活はとても苦しかったんじゃないか。ただ、知っている家族の形が結局「誰かを決まり通りに当てはめていく」ことになるので、どうしてもそれを再現しちゃうよね...。

誰か支えになる人がいれば...とみながら思いつつ、それでも支援するには難しいよなぁ心のことだもんなぁ...と思ってしまいます。

映画「骨」のイメージ画像です。初めてこんなの描いた。

「オオカミの家」の上映前に流れる短編アニメーション。

「2023年にチリで発掘された1901年制作のアニメーション」という架空の設定で作られた作品です。

1人の少女がとある男性2人の骨を発掘し、蘇らせる儀式を行う。
蘇らせた死体と楽しそうに過ごす彼女は、そのうちの1人と結婚式を挙げるのだが......

膝に乗せた頭蓋骨を、一緒に出てきた骨でぽんぽんと楽しそうに叩く少女。
もうこの時点で「十二分に罰当たりだ!」と叫びたくなるんですが、蘇らせてからも嬉しそうに死体と戯れる少女が取る行動に唖然とさせられながら物語が進んでいきます。

何も知らないで見ると「不気味だなぁ」という印象になりますが、新谷和輝さん(ラテンアメリカ映画研究)がパンフレットに寄稿している内容によると、主人公はコンスタンサ・ノルデンフリーツという女性であり、蘇らせた男性2人はディエゴ・ポルタレスとハイメ・グスマンというチリ政治史の保守派を代表する大物政治家です。ノルデンフリーツとポルタレスは長年恋愛関係にあり、3人の子供を授かっています。

......なんていう情報を聞いたら「不気味どころじゃない」内容であることがわかると思います。

ポルタレスはノルデンフリーツから度々結婚の申し出を受けても拒み続け、子供の面倒も一切見なかったとか...。

そんな人ならこの映像の結末も納得だよね。となるんですが、架空の設定で作られている故に成立する批評性のバランスは絶妙かつ危ういものなので、視聴側が飲まれそうになる分、予備知識は絶対に要るものだと思いました。

何より、比較的最近の人物を題材にここまでのものを作って、コシーニャ、レオン監督の両氏は大丈夫なのか? 今後の製作に変な影響ないですよね? とちょっと心配になります。

あと「オオカミの家」のパンフを購入すると「骨」のポスターが封入されているんですが、開いてひっくり返した瞬間腰を抜かすかと思いました...やめてちょっとそれは心臓に悪い...

最新の南米アニメ!「ペルリンプスと秘密の森」

これもトークショーで伺ったのですが、今年12月に日本で公開される「ペルリンプスと秘密の森」も南米発のアニメーション作品だそうです。

youtu.beティーザー予告編なので、もうちょっとしたら本予告が出るのでしょうか。

動物(っぽい)がいっぱい出てきそうでワクワクしますね。

こちらもカラフルな絵柄で社会問題に切り込む作品だそうなので、今から公開を楽しみにしています。

child-film.com